「イノベーション」

という言葉を聞くとウンザリ、という方は少なくないのではないでしょうか?

 

  • 社内横断で、新たな事業領域を創りだそう
  • 今までとは発想を変えたプロジェクトを起案して欲しい
  • 社内コンペを開催し、資金獲得や、子会社設立のチャンスも与える

 

こうした話は、

 

「GoogleやFacebook、Appleみたいなイノベーションを起こさないと」

「低価格のサービスは、中国・インド・東南アジアなどに奪われる」

 

といった言葉とともに、「イノベーションで、圧倒的付加価値を付けた製品・サービスを提供しなければならない」という文脈の中で、多くの企業で語られています。

 

そして、ご存知の通り、こうした営みの多くは、企画・検討段階を抜けられない事業案で終わったり、そこに至ることもなく解散したりしてしまうことがほとんどです。

 

そこで本記事では、時価総額1兆円を超えるメガベンチャーを次々と生み出すシリコンバレー型イノベーションとの対比を通して、大企業でイノベーションプロジェクトが失敗してしまう理由について検討します。

記事の制作にあたっては、大企業およびベンチャー企業について、経営層・現場担当者の両面への取材と議論を行っております。

 

今回のアウトラインです(読了5分):

1:大企業でのイノベーション創出プロジェクトの流れ

2:シリコンバレー型イノベーションの構造

3:大企業がシリコンバレー型を再現する際の3つの障壁

それでは、本編です。

1:大企業でのイノベーション創出プロジェクトの流れ

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①チームの結成

大企業でのイノベーションプロジェクトは、まず「部門横断」で社員を集め、新規事業企画室や部門横断プロジェクトといった名前でチームが結成されるところからスタートします。

が、誰も「イノベーションが生み出せる」イメージや実績があるわけでなく、どのように仕事を進めるべきか、手探りでのスタートとなります

前職時代の新規事業メンバーは、そもそも、「描いた理想像」に向かって メンバーの意識をむかわせるための「チーム醸成」という名のコミュニケーションコストが膨大にかかっていた記憶が鮮明です。(30代女性:元大手広告代理店勤務)

といったコメントにもあるように、チームとしてのパワーを集中する難しさが、最初からつきまとうことも少なくありません。

 

②アイデアの創出

集まったチームは、自社の強みを頭におきつつ、ブレストをしたり、マーケットの最新トレンドを調査したり、時には違う業界の成功事例などを収集したりしながら、「イノベーション」の種となるようなプランを探っていきます。

新しいアイデアが浮かびかけては、「でも、この業界だと、この方法は応用できないよなあ」「前例になるようなケースがないから、市場規模がよく分からない。そもそも、使ってくれるんだろうか・・・」と、壁に当たるということが繰り返されます。

どの程度まで本業を壊すイノベーションをするつもりなのかを最初に定義せずに始めると自己規制がはいって、結局十分イノベーティブではない意見しかでてこない=ガバナンスの問題かと。(30代女性:大手外資系IT企業マネージャー)

大手企業さんとイノベーションプロジェクトを進める際も、キャズム理論のサイクルが頭にないため、ややもするとアーリーアダプター層ではなくいきなりメインストリーム層に投げ込みそうになります。また、シード・アーリー・ミドル・レイターといった、事業立ち上げプロセスのイメージ感がないまま進めてしまいがちなのも感じています。(20代男性:大手メーカーでのイノベーションプロジェクト担当コンサルタント)

というように、あいまいな制約条件や、不慣れな新規事業開発というテーマに、戸惑うことも少なくありません。

 

③投資対象の選別

こうして、いくつかの切り口を絞り込み、個別の少チーム毎の検討などを経て、「市場規模」と「新規性」という軸、言い換えれば「数年後にどのくらいの事業に発展しそうか?」という観点で、経営陣やマネジメント層による、事業化・投資判断を受けます。

すでに市場が○○億という形で存在する案については、他社のシェアを違ったサービスで奪うという、いわば「二番煎じ」感が強くなりがち。まだ誰もやったことがないような新しいサービスについては、そもそも市場が存在しないため、市場規模の評価はほとんど不可能。こうしたジレンマの中、評価する側もされる側も、困惑の日々が続きます。

一発必中が求められるからこそ、大胆に進められないジレンマがあります。(30代男性:金融機関での新規事業開発プロジェクトリーダー)

研究所発の技術を事業部が製品化する腹をくくれないってことが問題のような気がします。俗にいうデスバレーですね。事業部のボスは、言ってしまえば、現状の延長戦上で戦えば十分(精一杯)で、自分がいるうちには戦力にならないイノベーティブな新製品なんて、失敗する可能性が高いからやるだけ損なんだよね。(30代男性:大手メーカーの研究開発チームマネージャー)

 

④市場への本格投入

結果、ほとんどの事業案は、投資対象とならず、日の目を見ることなくプロジェクトとともに消滅し、関与していたメンバーと組織そのものへ、疲弊感が残ります。マーケットに投入されることとなった事業案も、そこで初めて顧客獲得となるため、同じ企業の既存の製品・サービスと同様に、マスマーケティングにより、市場に全方位的に投入され・・・

 

以上が、大企業での典型的な、「イノベーション創出プロジェクト」の顛末かも、しれません。

 

2:シリコンバレー型イノベーションの構造

これに対して、多くの事業家・投資家が指摘する通り、シリコンバレーを中心とする地域では、下記のような、企業の枠組みを超えたイノベーションシステムが稼働し、持続的に次々と、世界規模のイノベーションが誕生しています。

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このシステムは、以下のようなドラスティック(劇的)な仕組みを内包しています。

 

①チームの結成

まず、チームの形成段階では、多くの人が心動かされるような「ホットテーマ」を誰かが掲げたり、気が合い、お互いに認め合う連中同士が「ホットチーム」を形成したりすることでチームが形成され、そのチームが様々な形態で情報発信をしたり、人づてでコミュニケーションをすることで、更に優秀な人材が集結していきます。

 シリコンバレーは、パッパラパー、綺麗な言葉でいうと、ビジョナリーな人が中心にいる。本気で言わないと、周りをインスパイアーできない。(テラモーターズ徳重社長:シリコンバレーでのVC経験を経て日本No1の電動バイクメーカを創業)

 

②アイデアの創出

アイデア創出の段階では、やる気に満ちたチームが、ひたすら試作品をつくっては顧客(もとい、家族や友人、ネット越しの匿名の相手に、カフェでひっかけた人に・・・)へそれを提示し、ウケるかウケないかという軸で、どんどん作り直し、さらにそれをもう一回見せて・・・という、いわゆる「プロトタイプ」のサイクルを、際限なく繰り返していきます。

アイデアを考えるのは、実はだれでもできることで、そのアイデアの根幹のところの価値を誰よりも認識し、それを言葉や形にできなくても、周りからの攻撃があっても、守り通して、それを言語化し、また、プロダクトやサービスとして形にしていく。それらを個人やチームがリスクを負ってやっていくことが大事。(40代男性:日米でソフトウェアベンチャーを起業し、RedHerring100などの受賞歴あり)

 

③投資対象の選別

こうして、多くの顧客に好意的に受け入れられるチームは、そのソリューション自体の認知が高まり、初期顧客ともいうべき層を、次々と獲得していきます。よくある話ですが、上場などをする遥か以前から、すでに50万人、100万人といったユーザーを抱えていることも、ザラにあります。

基本的に、こうした初期顧客を多く抱える企業は、そのまま大規模な投資対象となり、課題は「どうやって、その顧客から収益を上げていくか?」という観点に移ります。ただ、コアな初期顧客を握ってさえいれば、それをどう収益につなげるのかについては、広告・月額課金などなど、多くの過去使われてきた手法もあり、熟練した投資家であれば、このあたりの可能性見極めは、比較的容易にできます。

これは、新規事業を作ったこともない役員が、「この事業は、うちの子供たちを見ていても、若い世代に受けそうな気がする」といった「新規性」への有り難い見通しをしてくれる能力に比べると、遥かに信ぴょう性の高いものとなります。

シリコンバレーは、成長ステージごとに社長が変わる。0⇒1と、1⇒10と、10⇒100ができる人は、違う。(前出の徳重社長)

というように、顧客が集まったあとに、そのビジネスを成長させ、収益化させるプロフェッショナルが多数存在しているのも、シリコンバレーの強みです。

 

④市場へ本格投入

こうして、多額の投資を背景に、こうした事業は初期顧客からの支持と、露出や提携の急速な拡大を伴って、一気に収益を向上させ、サービスとして世に名を馳せ、多くの日本企業の羨望の対象となります。

 

3:大企業がシリコンバレー型を再現する際の3つの障壁

さて、このシリコンバレー型の仕組みを大企業がもしも取り入れようとチャレンジするなら、超えなければならない障壁が、3つ存在します。

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障壁1「社外の最高の人材を巻き込めない」

大企業では、自社内部の人材、あるいはせいぜい通常の取引先の面々に、深く関係があり、能力を見極められる範囲が限られています。内外を問わず、企業の枠組みを超えて、最も優秀な人材は、互いに社外で有機的なチームを組む時代にあっては、こうした人材を巻き込んだり、その興味をひきつけたりということは難しいのが現実です。

社内の優秀とされる社員で形成され、社内リソースで実行されるものとされているため、社外の人を巻き込んでやるというのが承認されない文化かと思います。お前らでやりたい、やると言ったのに、社外の人を呼んでやるとは何事だ、みたいな。(30代女性:IT系企業で新規事業プロジェクトに従事経験)

社外の人を入れたときに、社内情報のIPに極度に敏感になり、出し惜しみになることも多いです。外部業者との過去の協業事例に、重要な社内情報の流出が疑われる事案があり、「アツモノに懲りて」ではないですが、社外とのコラボレーションに否定的になりやすい。(40代男性:大手食品メーカー役員)

など、大企業ならではの、外部取り込みへの難しさも存在します。

また、こうした人材を発掘できたとしても、社員雇用するとすれば年俸やポジションが社内人事規定と折り合わず、相手側も、敢えて束縛が高く、メリットの少ない会社に雇用されたり、プロジェクト委託などで縛られたりするインセンティブがありません。

 

障壁2「プロトタイプはご法度」

シリコンバレーで全盛を誇る、ユーザーに対する頻繁なテストとやり直しの繰り返し手法である「リーン・スタートアップ」などのプロトタイプ手法は、「未完成をコスト・時間をかけずにどんどん顧客に見せる」という点で、大企業には到底受け入れがたいものとなります。

「そんなものをうちの名前で世の中に出したら、ブランドが毀損される」

「まともに動作しないものを出すなんて・・・」

という、もはや日常の仕事からすれば、生理的に受け付けられないような行動を、このプロセスは強いてくるわけです。

前職時代、まさしく「最高のプロトタイプ」をつくるために活動していたと思います。もはやプロトタイプと呼べない状態くらいまで創りこんで、それから外部にだしていく、というのが実態でした。(30代女性:大手広告代理店で新規事業開発に従事)

それに加え、こうした「未完成品」を、どうやって顧客に見せて、そしてフィードバックをもらうかという方法にも習熟しておらず、発想の幅としても、業界内、社内の常識に囚われたチームが行うと、その幅の中でしかアイデアが出ず、試すまでもなく「イマイチだろうな・・・」となってしまう環境も、この「プロトタイプアレルギー」に拍車をかけてしまいます。

 

障壁3「多死を容認できない」

そして、おそらく最もクリアするのが難しいのが、この「多死を容認できない」という障壁です。高度経済成長の中、品質の高さと失敗の少なさ、組織化された動きを強みとして成長してきた大企業にとって、社員の基本行動は「ほぼ100%成功前提で仕事をする」というものです。

それに対して、シリコンバレー型の営みでは、100チームが死ぬ気で稼働し、そのうち3チーム程度だけが大きな成功を収める、という「3%のゲーム」が基本ルールです。

ほとんどの社員、ほとんどのチームが失敗する、という状況が大企業の中で発生した場合、そのプロジェクト全体は、最初の半年〜1年で、間違いなく「大失敗プロジェクト」として中止となってしまうでしょう。

大企業になれば、投資家・株主への説明責任などで、より投資の正当性を責められる状況が生まれます。なので、説明しにくい投資はやりにくい枠組みがあるわけです。(前出の大手食品メーカー役員)

個人的に捉えている大企業からイノベーションが起きづらい本質は、経営者が変化を嫌い、挑戦量が重視されていないことにあると感じています。(30代男性:上場企業社長)

といった、経営サイドの受け入れ方にも、この点に大きく関与してきます。

成功モデルと言われるシリコンバレー型でのソリューションも、その多くはスタートから数えて数年の期間を要し、初めて日の目を見ています。こうしたイノベーションがもしも発生するとしても、日本企業でのイノベーションプロジェクトは、多くの犠牲者を生み出し、その前に頓挫してしまうことが、想像に難くありません。

 

以上が、大企業がイノベーションに取り組むときに超えなければならない、3つの障壁ではないでしょうか。

この内容を踏まえて、次回の記事では、「この課題をクリアするための処方箋」と題してお送りしたいと考えております。

 

それでは


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