2024年9月の「有限責任組合法」改正を受けて、ベンチャーキャピタルであるICJ(インクルージョン・ジャパン)は、2025年2月28日、三菱UFJ信託銀行と高島屋の2社からの出資を受けて、
「ICJ1号ファンド・オブ・サーチファンド(以下、ICJ1号FSF)」
を設立しました。
このファンドは、今後日本国内で、多くのVCがサーチファンド投資に参入する流れを後押しし、サーチファンドによって中小企業の承継と再成長に挑む「サーチャー」たちに、十分な数の投資家を提供するための仕組みとなることを目指しています。
※ICJが運営する「サーチファンド」の仕組みはこちらの記事を参照
それにより、優秀な経営人材が高いポテンシャルを持つ中小企業を承継し、日本経済の底上げと、次世代の経営者育成の両立を実現することを目的としています。
以下では、このICJ1号FSFの構造と、その運用を支える6つの特徴的な仕掛けについてご紹介します。
■ファンドの基本構造
■仕掛1:国内初を活かしたサーチャー候補者募集
■仕掛2:共同投資家集めのアシスト
■仕掛3:出資大企業周辺の有力中小企業発掘
■仕掛4:地銀とのLBOローン組成の支援
■仕掛5:経営者を邪魔しない事業支援
■仕掛6:早期からのエグジット支援
ファンドの基本構造
あくまで「サーチファンド」に1投資家として参加
まず、よくある誤解を整理しておきましょう。
今回の「ICJ1号ファンド・オブ・サーチファンド(ICJ1号FSF)」は、サーチファンドそのものではありません。
「サーチファンド」とは、サーチャー本人が、自ら10人前後の投資家から資金を募り、中小企業を買収・経営するために立ち上げる仕組みです。
そのうえで、今回の「ICJ1号FSF」は、サーチャーが集める投資家のひとりとして、「サーチファンド」の出資に参加する位置づけとなります。
このサーチファンドという仕組みが真価を発揮するのは、すべての投資家が“マイナー投資家”として関わり、サーチャー本人の意思決定が守られる構造が維持されている場合です。
そのため、ICJ1号FSFも、20%を超えるような出資を行い、サーチャーよりも強い影響力を持つような立場にはなりません。
つまり、サーチャーはICJ1号FSFからの出資だけではなく、他の投資家も自らの力で集める必要があるという点は、これまでと変わりません。

大企業を投資家とし、多数のサーチファンドに投資
投資対象がベンチャー企業ではなくサーチファンドであるという点を除けば、ICJ1号ファンド・オブ・サーチファンド(ICJ1号FSF)は、通常のVC(ベンチャーキャピタル)ファンドとほぼ同じ構造を持っています。
出資者(LP=Limited Partner)としては、すでに三菱UFJ信託銀行と高島屋の2社が参画しており、今後さらに3社程度の大企業が新たに加わる見込みです。これにより、総額10億円規模のファンド組成を目指しています。
この「お財布」にあたるICJ1号FSFからは、まず約30件のサーチファンドに対して初期投資を行い、その後、サーチャーが実際に中小企業を買収する段階においては、そのうち20件程度の買収案件に追加出資することを想定しています。

仕掛1:国内初を活かしたサーチャー候補者募集
本ファンドは、日本で初めて、大企業が出資するVCが手がける「サーチファンド専用ファンド」として注目されており、国内外からさまざまなメディア取材を受けています。
こうした発信を通じて、「海外で学んだサーチファンドの仕組みを、日本で実行したい」「自分でサーチファンドを立ち上げたい」と考える海外MBA帰りの方々に対し、広くリーチできるような情報発信・仕掛けを展開しています。

2025年2月28日のファンド設立プレスリリースから1か月が経過した2025年3月末の時点で、すでに海外MBA出身者10名以上から、ICJ1号ファンドへの出資を希望する声が寄せられており、その数は日を追うごとに増え続けています。
欧米のMBAプログラムでサーチファンドが本格的に授業で取り上げられ、キャリアの選択肢として定着し始めたのは2010年前後です。
仮に、1学年あたり約200名の有力な海外MBA出身者がいると仮定すると、過去15年で累計およそ3,000人程度が、「日本でサーチファンドを立ち上げる即戦力」となり得る層にあたります。
当ファンドが初期投資を想定している30件のサーチファンドに対しては、すでに十分な規模の人材母集団が存在しているといえます。
さらに重要な点として、本ファンドでは、海外MBA出身者以外にも、有力なサーチャー候補を積極的に発掘する方針を掲げています。
具体的には、
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すでに国内で大きな成果を挙げている経営者・事業家
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ベンチャー企業で経営経験を持つ実務家
といった方々も、サーチャー候補として積極的に支援対象に含めています。
仕掛2:共同投資家集めのアシスト
サーチャーにとって、他の投資家を集めることは重要な役割のひとつです。
しかし、日本国内では依然として投資家の絶対数が不足しており、そもそも“投資家候補の母集団”を増やすこと自体が重要な課題となっています。
そのため、サーチャーが投資家を「口説く」ことと同じくらい、投資家そのものを増やすことも、本ファンドの大切な使命と位置づけています。
(言い換えれば、「投資家を増やす」のが本ファンドの仕事、「その中から出資を得る」のがサーチャーの仕事です。)
本ファンドでは、以下の3つのチャネルを通じて、サーチファンドへの投資に関心を持つ投資家を拡大しており、ファンドから出資したサーチャーに対しては、これら投資家を優先的にご紹介しています。
①日本国内の他のVCファンド(ICJと同規模以上)
日本のVC業界は「狭い村」とも言われ、お互いに100〜200ファンド規模のGP(無限責任組合員)同士で強い連携があります。
本ファンドでは、他ファンドのGPに対し、サーチファンド投資の魅力や、ベンチャー企業投資との相乗効果を説明し、VCとしての参入を促進しています。
②超富裕層の個人投資家(個人資産数十億円規模)
ICJを含む多くのVCファンドでは、1億円を超える投資を個人で行う超富裕層の投資家が存在しています。
彼らとは、エンジェル投資やファンド投資、さらにはベンチャー企業への共同投資など、さまざまな接点を持ってきました。
本ファンドでは、こうした方々に対してもサーチファンドという新たな投資機会としての魅力を提案し、巻き込みを進めています。
③ 大企業による直接投資
サーチファンドと大企業の関係は、
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事業探索における情報獲得
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買収プロセスにおける信用力の補完
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将来的なM&Aの足がかり
など、双方にとって多くのメリットがあります。
現在はファンド経由での出資が中心ですが、今後は大企業が直接サーチファンドへ投資する動きも拡大していくと見込まれます。
本ファンドでは、サーチャーの志向や買収ターゲットとシナジーのある大企業を、共同投資家としてご紹介する取り組みも進めています。
仕掛3:出資大企業周辺の有力中小企業発掘
欧米においても、サーチャーが買収候補の中小企業を探索する際、その発掘プロセスでは、コールドコール(飛び込み連絡)など、必ずしも効率的とはいえない手法に頼ることが少なくありません。
本ファンドでは、この課題を解決するために、ファンドに出資している大企業のネットワークを活用した、より実効性の高いアプローチを推進しています。
具体的には、出資大企業の周辺業界において、「業績は非常に好調だが、事業承継に課題を抱えている企業」をリストアップしてもらい、その企業に対して、サーチャーと大企業の担当者が連れ立って訪問するという形でのアプローチを行っています。
この方法により、訪問を受けた中小企業側からは、「信頼できる背景を持つ人物が来てくれた」という印象を持たれやすく、コールドコールと比べて、優良な企業との出会いの確率や、交渉・説得の成功率が大きく高まることが期待されます。

仕掛4:地銀とのLBOローン組成の支援
サーチファンドの手法では、中小企業を買収する際に、買収資金の50%以上を地方銀行などからのローン(いわゆるLBOローン)で調達することが一般的です。
これにより、サーチャーや投資家が拠出する自己資金の額を抑えつつ、投資効率(ROI)を高めることができ、最終的に高いリターンを実現するために不可欠な仕組みとなっています。
しかしながら、日本ではまだ「サーチファンド」という手法自体の認知度が十分に浸透しておらず、地方銀行に対して「サーチファンドを通じて中小企業を買収する予定なので、融資支援をお願いしたい」と申し出ても、銀行側がその仕組みを理解できなかったり、そもそも「よくわからない話なので見送りたい」と判断されるケースが少なくありません。
こうした課題に対応するため、当ファンドでは、出資者のひとつである三菱UFJ信託銀行の、全国の地方銀行とのネットワークを活用し、以下の取り組みを進めています:
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・サーチファンドの仕組みに関するレクチャー・勉強会を、事前に地方銀行向けに実施
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・具体的な買収案件が発生した際には、LBOローン組成に向けた地方銀行との橋渡しや支援を行う
このように、金融面での理解促進と実務支援をセットで行うことで、サーチファンドがより実現性の高いスキームとして根付く環境を整備しています。
仕掛5:経営者を邪魔しない事業支援
「サーチファンドの仕組み」記事でも触れている通り、サーチファンドが本来の力を最大限に発揮するためには、サーチャー自身(=買収後の経営者)が、自由に事業上のチャレンジを重ね、持てる力を最大限に発揮できる環境が不可欠です。
(※下図は「サーチファンドの仕組み」記事より再掲)
本ファンドでは、VCとしての立場を「あくまでマイナー投資家」に徹しながらも、必要なときには適切なアドバイスと支援を提供するという、ICJのこれまでのスタイルを踏襲しています。
つまり、
「過干渉せず、経営者とそのチームが思いきり能力を発揮できること」を何よりも重視しつつ、必要に応じて伴走する――
それが、本ファンドがサーチファンドの投資家として採るスタンスです。
仕掛6:早期からのエグジット支援
本ファンドのマザーファンドである「ICJ2号ファンド」には、東京ガス、関西電力、三菱UFJ銀行、福岡地所(福岡キャナルシティの運営会社)といった有力な事業会社が出資しており、事業提携も含め、各領域の日本を代表する企業との強固なネットワークを構築しています。
さらに、本ファンドに直接出資している高島屋や三菱UFJ信託銀行、および今後参画予定の大企業も加わることで、サーチャーが中小企業を買収した直後から、こうした大企業との連携を生かし、M&A、IPO、MBOなど多様なエグジット戦略を描くことが可能となります。
特にIPOについては、ICJ1号・2号ファンドでの豊富な支援経験をもとに、戦略的なサポートを提供でき、M&AやMBOに関しては、アドバンテッジパートナーズのマネージングディレクターとして活躍した村上大輔氏をはじめとする専門家の支援を受けられる点も、本ファンドの大きな特徴の一つです。
では、このファンドから出資を受け、サーチャーとしての活動をスタートさせるには、どうすればいいのでしょうか。
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サーチファンドの仕組み解説