「サーチファンドの仕組み」で紹介した通り、欧米では高度に仕組み化されたサーチファンドが、

・実践者にとっては「経営者として成長する最短キャリアパス」として人気を集め、
・投資家にとっては「十分吟味して投資ができ、高リターンが期待できる」と注目され、

実際に高い成果を上げています。

一方で日本では、これまでこの仕組みによるサーチファンドの立ち上げはごくわずかにとどまり、欧米との差は大きく開いたままでした。
しかしこの構造的な隔たりは、2024年9月に施行された「有限責任組合法」改正を契機に、大きく動き出そうとしています。

本記事では、そうした変化の背景と今後の展望について、以下の構成でご紹介します。

■投資家不足が、日本のサーチファンド発展の妨げ

■法律改正で、VCがサーチファンドへ投資可能へ

■VCにとってサーチファンド投資は魅力的

投資家不足が、日本のサーチファンド発展の妨げ

日本におけるサーチファンド発展の最大の障壁は、投資家の絶対数が圧倒的に不足していたことにあります。

サーチファンドが成立・発展するための構造的なポイントは、
「10人以上の投資家から資金を分散して集めることにより、特定の投資家の意向に縛られることなく、サーチャー(=サーチファンド運営者)が自らの判断で企業を選定・買収し、経営に取り組める」
という点にあります。

スペインを中心とするヨーロッパや米国では、
「毎年、数十件のサーチファンドに対して初期出資として500万円規模の投資を行い、さらに企業買収時には数千万円規模の追加出資も行う」
という投資家層が厚く存在しています。

その象徴的な事例として、2024年10月にバルセロナで開催されたサーチファンド投資家向けカンファレンスでは、参加費16万円という高額にもかかわらず、約1,000人の投資家が世界中から集結し、サーチファンドへの熱量の高さを示しました。

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一方で日本では、初期投資として500万円、企業買収時には数千万円を拠出できる投資家の絶対数が少ないという課題が長らく続いてきました。

そのため、海外MBA留学中にサーチファンドの仕組みに魅力を感じた多くの学生たちも、
「日本では十分な投資家を集めるのが難しく、帰国後のサーチファンド立ち上げは断念せざるを得なかった」
という声を漏らしてきました。

こうした状況は、欧米でのサーチファンドの発展ぶりと、鮮やかな対照をなしています

法律改正で、VCがサーチファンドへ投資可能へ

国内の状況を大きく変える転機となったのが、2024年9月に改正された「有限責任組合法」です。

この法律は、主にベンチャーキャピタル(VC)が、複数の出資者から資金を集め、成長企業に投資する際のスキーム構築・税制・運用ルールなどを定めた枠組みです。

たとえば、大企業などが数億〜数十億円ずつ出資し、それを合計で数十億〜数百億円規模にまとめることで、VCがその資金をもとにベンチャー企業へ集中的かつ効率的な投資を実行できるようになります。

日本でベンチャー投資が活発に行われている背景には、この法律に基づくVCファンドの組成と運用が整備されているという制度的基盤があります。

これまでVCはサーチファンドに出資できなかった

以前の「有限責任組合法」では、VCの投資先として認められていたのは、多くのベンチャー企業が採用している「株式会社」形態の企業のみでした。

一方で、サーチファンドのスキームでは、買収や経営を効率的に進めるため、「合同会社(LLC)」を設立し、そこに投資家から資金を集めるのが一般的です。

そのため、たとえベンチャーキャピタルがサーチファンドへの投資に関心を持っていても、
「申し訳ありません。合同会社には、法律上、私たちは出資できないのです……」
という状況が続き、制度上の壁が大きな障害となっていました。

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法律改正により、サーチファンドへの投資が可能に

ここで、2024年9月の有限責任組合法の改正により、VCが、「合同会社」に対しても投資ができるようになりました。

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この法改正により、ベンチャーキャピタルはこれまで通り、
「大企業から資金を集め、それをベンチャー企業に投資する」

だけでなく、今後は新たに、

「大企業から資金を集め、それをサーチファンドに投資する」

ことも可能になりました。

日本のベンチャーキャピタル業界の投資規模は非常に大きく、2024年2月時点で日本ベンチャーキャピタル協会(JVCA)に登録されているVCは283社
その年間投資総額は、3,000億円を超えています

今回の法改正を受け、VCがサーチファンドへの投資を始めるには、以下の2つの選択肢があります:

  1. 既存ファンドの規約を変更し、サーチファンド投資を組み込む

  2. サーチファンド投資専用の新しいファンドを立ち上げる

いずれの方法も、VCに出資している大企業からの賛同が得られれば、比較的スムーズに実行可能です

VCにとってサーチファンド投資は魅力的

VCからすると、サーチファンドへの投資は、ベンチャー企業への投資と比べて3つほど大きな魅力があり、今後VCからサーチファンドへの投資傾向は、大きく強まることが予想されます

1:ベンチャー投資より高いリターンが期待できる

欧米では、ベンチャー企業への投資よりも、サーチファンドへの投資のほうが高いリターンを生み出す傾向が続いています。

たとえば、投資期間中に資金が毎年どれだけ増えていくかを示す指標である「IRR(内部収益率)」で比較すると、米国のトップクラスのベンチャーキャピタル(VC)のIRRはおよそ30%前後とされています。

一方、欧米のサーチファンド全体の平均IRRも同様に、約30%前後となっており、これは「ベンチャー投資と同等、あるいはそれ以上のリターンを、より安定的に実現できる投資手法」として注目される理由の一つです。

2:大企業との事業提携が進めやすい

多くのベンチャーキャピタル(VC)は、自社に出資している大企業に対して、投資先のベンチャー企業を紹介し、その協業を通じて新たな事業創出につなげることを、重要な目的のひとつとしています。

しかし現実には、ベンチャー企業が開発するサービスや製品の完成度がまだ低く、大企業側にとって連携の足がかりとなる要素が見つけにくいケースが少なくありません。

特に、創業間もない段階のベンチャー企業の場合、自社のサービスやビジネスモデル自体が試行錯誤の途中にあり、投資から数年経っても「軸」が定まらず、大企業との協業など到底実現できない──という状況が珍しくないのが実情です。

一方で、サーチファンドが買収する中小企業は、すでに顧客基盤や収益モデルが確立されている場合が多く、その中で実績ある製品・サービスが存在しています。

そのため、こうした既存事業に対して新たなビジネスアプローチや製品・サービスを掛け合わせることで、大企業も巻き込みながら、より現実的かつスピーディーに新規事業の立ち上げを実現できる可能性が高まります。

3:将来の経営者候補を育成・プールできる

VC(ベンチャーキャピタル)がリターンを最大化するためには、出資先のベンチャー企業が急成長し、最終的に時価総額300億円、500億円、さらには1,000億円規模での上場(IPO)を実現することが求められます。

このプロセスで大きな課題となるのが、企業の急成長に対応し、「拡大と組織化」を担える経営人材の不足です。

VCが直面しがちな典型的なケースに、次のような状況があります:

「投資先のベンチャーが急激に売上を伸ばし、顧客満足度も高い。ところが、組織規模の拡大に伴って人材の増員や業務の仕組み化が必要となった際に、創業者がその変化に対応できず、組織崩壊の危機に瀕してしまう──」

こうした局面では、VCは転職市場やヘッドハンティングを通じて、スケーラブルな組織運営に耐えうる人材を探しますが、そもそもの候補者数が限られており、獲得には莫大なコストと時間がかかってしまうのが現実です。

一方、サーチファンドの仕組みでは、海外MBA出身者をはじめとする、高い能力を持つ若手人材が、サーチ〜買収〜経営〜売却というプロセスを通じて、既存の製品・サービスを軸とした“リアルな経営力”を身につけていきます。

そして、サーチファンド投資家はそのようなサーチャーたちに長期的に伴走しながら、複数の人材と同時に関わることができるため、VCにとっては、実践力を備えた経営人材の“育成済プール”を獲得できるという、大きなメリットが生まれます。


こうして、日本国内でもVCを軸に、一気に活況を呈しそうな気配の「サーチファンド投資」。
その先鞭となる、国内初のVCによるサーチファンド投資専用ファンドが、高島屋・三菱UFJ信託銀行スポンサードの基に、2025年2月28日に立ち上がりました。

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